家族性皮膚筋炎と戦う!チェリーのカルテ

5才6ケ月で、家族性皮膚筋炎と診断されたシェルティの、これまでとこれから

あとがきにかえて 〜2026.4〜

『最後まで普通に』

主治医がかけてくれていた言葉だ。

ノロノロ歩くチェリーも、頭を濡らしながら水道の水を飲むチェリーも、私は笑顔で見守った。

チェリーは放っておいても数日のうちに死んでいただろう。

ただ、痛みの中で死なせるものか、寂しく死なせるものか、と、もがいた。

全て終わってから、一緒に戦ってくれたシッターさんから「私たちにできることはやり切りましたね」というLINEをいただいた。嬉しくて涙が出た。

 

1mmも辛い思いをさせまいと固く決心したつもりが、随分我慢をさせてしまった。

思えば我慢の多い犬生だった。

このブログを始めたのも、5歳で病気を疑い始めた時、あまりに情報が少なくて、ひどく困ったからだった。

誰かの、何かの役に立てればと。

太陽の下でのびのび走れず、いつもどこかに傷があり、痒みがあり、関節炎や亜鉛不足に悩まされ。

それでもステロイドに頼らず12歳まで概ね元気に過ごせたチェリー。

持ち前の天真爛漫な姿にいつもこちらが救われた。

後になってわかった。

チェリーは頑張った。

私のために頑張った

私に褒められたくて、走れる限り走った。

歩ける限り歩いた。

 

右脚に管を付けられて、注射の準備を待つほんの短い間に、チェリーは私の頬をペロリと舐めた。

沢山のありがとうと愛してるを伝え合って、チェリーは逝った。

100点なお別れだったよね、チェリー。

 

 

 

実家の車に乗るたび寂しさが込み上げる。

いつも助手席にいたチェリーはもういない。

 

もうひとつ後になって思ったことがある。

主治医が見極めていたのは、チェリーの病状と同じ位、私の事だったんじゃないかと。

「死なせてあげ時がわからない」なんて言っているうちは、後悔を残すと。

でもさぁ、ちょっぴり思ってしまったよ、犬がどんなに辛くても生きるのを諦めないように見えるのは、こんな安楽な終わらせ方があるとは知らないからじゃないかって(´꒳`)

 

 

穏便なケアで長きに渡りお世話になった病院の皆さま、死の直前まで受け入れてくださったトリミングサロンの皆さま、真心を込めて2年半お世話下さったシッターさんに、心からの感謝を申し上げます。

 

 

 

Episode Ⅹ 〜2026.2〜 扁平上皮癌とも戦うチェリーのカルテ⑨ 安楽死まで

2/1

とうとう右目も潰れた。庭の水道の水を私に誘導され頭を濡らしながら飲んだ。足元もおぼつかなくなり、ごはんもチョコっと口をつけたり食べなかったりになった。

そうなってハッとする。痛くて物が食べられないということは、頼みの綱の痛み止めの薬も飲めないということで、、!

薬用に別の給餌器を追加購入、毎日同じ時間にメディボールにくるんだ薬がオヤツとして出てくるようにしたのだが、それすら数日で食べなくなった。私にも百戦錬磨のシッターさんにも、口を開けられないチェリーに薬を上手く飲ませることが出来ず、狼狽えた。

せめて痛み止めさえきちんと飲めれば、痛みと空腹とマックスで戦わなくても済むものを!

 

8日後の月曜日に安楽死をさせることに決めた。

痛みのフェーズが上がったら飲ませる為に準備していた強い痛み止め(末期癌の疼痛緩和に用いるトラマール)の追加を始めた。便秘になるので服用開始のタイミングは慎重にはかっていたものだ。

全ての段取が済んでからシッターさんに報告した。

ニトリの給餌器で、ドライオイスターと、ぼうろと、ぼうろにそっくりなメディロール

2/5

チェリーを連れて、車でいつものお山に行った。

両目見えてないのに、山道はゆっくり上手に歩ける不思議。

展望台で小休止。

山向こうの毎年訪ねる梅のお寺まで、チェリーを抱っこ鞄に入れて、ゆっくり降りて行った。

お寺に着いて、写真を撮るためにチェリーを鞄から下ろした。すると少し立ち尽くした後でーーー

チェリーがヨロヨロと歩き出した。私とは反対方向へ。

え、どこへ行くの???いつだって、すぐに私に寄ってきちゃうチェリーなのに。それが、こんな、寂しい山寺で。

梅林の中でも、チェリーは私とは逆へ逆へと歩き出す。

心臓が、ドクンと鳴った。

 

帰りの山道でそっと下ろすとチェリーはよろけて腹をついた。

すぐに抱き上げて平らな道でもう一度下ろすと、また腹をついた。

限界だったのか!

そこからは抱きあげて、もう下ろさずに車に乗せた。

その夜のオシッコ散歩でも、チェリーはヨロヨロとやはり家と反対方向へ去ろう、去ろうとした。

いずれ別れがもうすぐそこにきているのを確信した。

 

 

いつものお山

展望台で小休止。もう、目が開いてない。

この時、チェリー、向こうへ歩き出す

向こうへ、向こうへ

 


最後の1週間は、毎日確実に薬を飲ませるのが課題。

シッターさんが、以前同じ状態のワンコが最後に食べてくれたのがシュークリームだったらしいから試していいかと聞いてきてくれた。あげてもらったら食いついた!

ナルヘソもうなんでもいいから、あと1週間、トラマールをちゃんと飲ませて、痛みなく逝かせてあげたい。シッターさんと密に連絡を取り合って、シュークリームに始まりカロリーエース•焼きササミ•ロールケーキ、私も『犬 安楽死の前 食べさせたもの』を検索しまくって、猫用ウェット•生肉•カステラ等それまで食べたことのない美味しいものを次から次に薬と共に与えた。最後の晩餐にはマック•KFC最強説!それらはあげなかったけど、カステラは薬を包みやすくてサイズも簡単に調整できて扱いやすかった。他にもピーナツバター•アイスクリーム•チョコレート等、安楽死を選んだからこそ死ぬ前に食べさせてあげられるものが沢山あることを知った。

2/6 よく行った沢のほとり。目は開かなくても朝日は気持ちよさそうだ。

2/8

安楽死前日。

この日は都心でも積雪、実家のあたりも大雪で、到着は夕方になった。

着くとチェリーは立ち上がり、尻尾を振って寄ってきた。あれれ?元気じゃん??目も、開いてる!

すぐに動画を撮ってシッターさんに送った。

いわゆる中治りというやつだ。何と言う神様の贈り物!夜ごはんには、生肉をあるだけ美味しそうに食べた。

ニュースになる程の大寒波の夜、チェリーはぬくぬくとリビングで、母と、サクラと、私と一緒に寝た。

まんまるになって、寝てた

目が開いて、母と


2/9

安楽死当日。

朝、動画を見たシッターさんが愛猫を連れて駆けつけてくれた。犬2匹と猫1匹と人間4人で、お別れパーティーになった。

これは病院に行っても帰されるんじゃないかと思うほど、チェリーは元気だった。

 

早めに出て家の周りをゆっくり歩いた。

チェリーが最後に口にしたものは、100万回歩いた散歩道に、前日積もった雪だった。

 

 

 

 

安楽死は、本当に、安楽だった。

説明を受けて、誓約書のようなものにサインをして、血管確保のためにチェリーを預けた。5分もせず右前脚にチューブが繋がれて戻ってきた。顔つきはいたって普通。

お薬は麻酔らしい。一瞬で意識が飛ぶので頭をしっかり支えているように言われた。死なせないなら即蘇生、死なせるなら何もしなければそれっきりということらしい。

 

いつもの病院で、いつもの注射、の調子で、1秒で、コテンと逝った。

 

 

 



Episode Ⅹ ~2026.1~ 扁平上皮癌とも戦うチェリーのカルテ⑧

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元日恒例の初日の出を見に行って、サクラと初詣。

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腫瘍直下の最初からグラグラしていた歯がついに抜けた。

朝、床に転がっていた。

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腫瘍が自壊して、チェリーの左頬に穴があいた。

穴はすぐに2つに、そして1週間で3つになった。

頬は萎んで顔つきはシュッとした。ヨッ、久しぶり。呼吸も少し楽そうにはなった。けれど自壊は病の進行であり、頬は毛が抜け滲出液でテカテカ光った。

自壊の穴には膿が溜まり、痛みも増したはずなのだが、でも多分、痛み止めはまだ効いていたのだと思う。私が着いてもなかなか起きて来ないくらい朝は熟睡している。何なら左頬を下にして。

 

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チェリーは頑張った。痛くないはずないのに頑張った。私を見ると尻尾をふり、甘えて擦り寄り、離れると吠えて呼び、車の助手席では私に寄りかかり腿に顎を乗せて来た。

左頬を気にしてずっと掻いているので、左前脚がいつも血だらけになった。

気になるの?痛いの?痒いの?全部なの?見極めは難しかった。黒鼻が一部もげてシェーのおじさんの髭みたいに飛び出した。ハサミで切るしかなかった。

シッターさんがメロリンガーゼなるものを持って来てくれて、頬にあてて直接引っ掻かないように包帯を巻いてくれた。試行錯誤のうち、チェリーが自分で取れないように上手に巻いてくれた。知らなかったがメロリンガーゼは血や滲出液を吸っても肌に張り付かない優れ物だ。

肉球は、血が滲んで後脚びっこをひきはじめたので、犬用の靴や靴下、包帯等を色々試した。こちらも試行錯誤の末、犬用の粘着包帯を爪先からぐるぐる巻いて、剥がれないよう最後足首にテーピング等別のテープを上から2〜3周巻いておくという方法に辿り着いた。これなら違和感も少なく長いお散歩でも帰ってくるまで外れなかった。

 

【シッターさんに顔をぐるぐる巻き、私に脚をぐるぐる巻きにされて情けない顔でお外でウンチ中のチェリー】

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Episode Ⅹ 〜2025.12〜 扁平上皮癌とも戦うチェリーのカルテ⑦

 

ベッドに血がつくようになる。外傷はないので、口か鼻からだと思われる。

そしてアスファルトを歩くのがさらに辛そうになった。

チェリーはタイルや縁石・側溝蓋の上など、できるだけデコボコしていないところを因って歩く。頑張って歩いてしまうと血が出てしまう。

それでも芝生の上なら、まだ元気そうに走った。

 

12/7

ついに、カリカリを残した。

そうなった場合に備えておいたウェットフードは食べた。フードはカリカリを自動給餌器任せだったので、このタイミングで私の家に連れて帰るべきか迷ったが、チェリーは私の家では落ち着かなくて、2年半前母の入院時に2週間預かったらあっという間に体調を崩して死にかけたというトラウマがあった。幸いシッターさんがしばらく連日来てくれることになり、痛み止めの服用はこの日から毎日に。ご飯もふやかしたりウェットフードやトッピングを活用したりの工夫が始まった。

 

 

呼吸もさらに苦しそうになり、「ヒィ〜、グオ〜」と音を立てた。クシャミを連発して腫瘍のかけらを血飛沫と吹き飛ばす。結局窒息で死なせちゃうんじゃないかとハラハラした。見ているのが辛くてたまらなかったが、前向きなシッターさんが、「ワンコは強いんです。何の邪心もなくただひたすら生きようとします。気道を塞がれるのを自分で阻止しているのだと思えばチェリーちゃんグッジョブではないでしょうか」と名言を放ってくれた。

ヨシ!飛ばせ血飛沫!イイコだチェリー!

 

【血飛沫を飛ばしながらもこの笑顔】

このマンホールの穴が大好き

ズリズリ

足ならイタイ

ここに来て、美味しいもの待ちを覚えたくさいチェリー。

よかったね、いいこともあって。

 

12/25

年末の通院。お薬追加とサイトポイントの注射と近況報告。「死なせてあげ時がわからない」と訴える私。先生曰く「チェリーちゃんはがんばってます。まだ表情が明るい」「ごはんが食べられて、夜ちゃんと寝られてるうちは大丈夫」「その時が来たら、わかりますよ」そして「まだまだこれからいろんなことが起きます」

 

 

そうして越せないんじゃないかと思った年の瀬を、チェリーは越した。

12/28




Episode Ⅹ 〜2025.11〜 扁平上皮癌とも戦うチェリーのカルテ⑥

持病の皮膚病は、肉球の皮膚がさらに薄くなり、ますます擦りむけるようになった。

また、鼻の通りが悪くなって、「ンガッ、ンガッ」と音を立てることしきり。

食後にンガンガを起こすと、血液まじりの未消化フードを吐いてしまうことも。

けれどお散歩では、嬉々として走る。

走ってる時は、苦しいの、忘れるのかな。

11/6

11/27

11/27

 

Episode Ⅹ 〜2025.10〜 扁平上皮癌とも戦うチェリーのカルテ⑤

主治医に、「よく頑張ってるね、顔つきがまだ明るい」と言ってもらえた。

病気がジワジワ進むので、ハタから想像するよりは、痛みを感じていない可能性あると先生も言ってくださり、痛み止め週3飲ませれば、だいたいずっと効いてるみたい。

痒み止めの注射打って痛み止めのお薬多めにもらって、痒かったり痛かったり、どないなっとんねん、と思っているかも知れないチェリーです。

10/7

10/19

10/21 でも、ホラ、痛い方を下にして、爆睡

10/30

 

 

Episode Ⅹ 〜2025.9〜 扁平上皮癌とも戦うチェリーのカルテ④

腫瘍直下の歯はグラグラで、抜いた方が楽なんじゃないかと思ったが、歯根が腫瘍拡大のストッパーになるから抜かない方がいいと言われた。ごはんが少し食べにくそうに見えたが、犬だもん基本丸呑みだよね、と納得することにした。

【9/7】

【9/18 口唇グイッとめくって撮った最後の写真 。これ以後は拒否するようになった。可哀想で覗く気も失せた】

9/23

左頬が腫れて、目立つようになった。歩き方も元気がなくなってきた。涙目になり、くしゃみをしたり、ンガーンガーと変な呼吸音を立てるようになった。痛そう?なので、予めもらっておいた痛み止め&胃薬のセットを、週2〜3で飲ませることにした。サイトポイントの注射はこれまで通り月1回、痛みと痒みの両コントロール生活になった。でも、平気で腫れてる方下にして寝てるんだよね、痛くなかったのかなぁ??犬は痛みを隠す説・痛みに鈍感説、諸説あるけど、実際はどうだったのだろう。

9/23

グースカ寝てる